私の未来
井上講師
30代を迎えて爆発的に仕事をしていた自分がいました。何がなくても仕事が一番と思い、一日24時間仕事モードをモットーに一生頑張れると信じていた自分がいたのです。遊びも仕事も充実の毎日と思っていましたが、実はとても疲れていた。若い仲間はぜんぜん疲労感がないのに、どうして私はいつも目の下にクマができるんだろう??なんて思っていたわけです。休日は寝てばかり、月曜になってもすっきりしなくて、それでも根性だけは人一倍。そのうちどんどん疲れは溜まってしまって、半年ごとに膀胱炎になり、血尿が出て、心臓はいつも不安定になっていました。免疫力が落ちてしまっているため、常に風邪を引いたような状態の症状。会社の健康診断や人間ドックでは、判定Dというときもありました。それでも自分はまだまだイケルと思っていたのですね。流産したり、母が他界したりと大きな出来事が相次ぎ、とうとう身体が動かなくなりました。大きな円形脱毛症にもなりました。胃腸も動かない状態になりました。全てダウンのときが来たのです。そのとき、3ヵ所ほど病院へ行きましたが、納得できる説明をしてくれるところはなかったのです。自分で治そうなんて軽く考えて、ある雑誌を見ていたら、「氣功水」の広告が出ていたのです。当然、「氣」については何のことやらさっぱりわかりませんでした。しかし、ピンときたのです。水にエネルギーが入るなら、私の身体にもエネルギーが入るはずだと。そして氣功療法研究所に出かけて行きました。電話応対では、何とも理解できなかったのですが、丁冶紅先生から身体の説明を受けて初めて、私はエネルギーを使いすぎてしまった状態であることを理解できました。仕事が悪いわけでも環境が悪いわけでもなく、ただ私のエネルギーの使い方が良くなかったということがわかったことが一番うれしかった。その時から施術を受けながら、教室での練習をはじめたのです。自分で言うのも何ですが、次第に若返って元気になり、その後、仕事も順調に頑張ることができるようになりました。そしてまたまた異常事態に。40代になりプレ管理職の役職がついた頃、異常に血圧が低くなり、耳が聞こえなくなってきたり、心臓の動悸が激しくなったり、何度も倒れそうになり、自律神経のバランスがめちゃくちゃになっている状態がやってきたのです。その頃は忙しさのあまり教室にも行けず、具合が悪くて自分で練習もできない時期が続いていたのです。気持ちはだんだんと暗くなり、このまま行くと会社で使い物にならなくなるという不安が出てきました。気持ちも身体もとてもつらかった。本当につらかった。そこで大決心をして、丁先生の施術を復活していただき、教室もとにかく参加して、練習を必ずするように頑張りました。やはりもともと氣功をやっていたわけですから、エネルギーがどんどん充実して回復も早く、以前よりも元気になっていきました。
このつらい状態があったからこそ自分の人生をもう一度考えることができたと思います。元気になりたい人を応援したい。つらい人たちがたくさんいるはず。その方々のために頑張ろう!!
私は、今からできることは何だろうと考え、太学功のお手伝いをさせていただく事を決心しました。そして太学功のエネルギーの中での特別訓練を経て、氣功師となり、現在は氣功療法院三鷹の院長として皆様を力強くサポートさせていただけるまでになりました。
私の過去は何度も後ろ向きになりましたが、50代目前の今、私の未来は確実に前を向いています。太学功氣功、丁冶紅先生に心から感謝しております。
太学功氣功でエネルギーを充実させ、どうぞ本当の健康を手に入れてください。エネルギーがあるということは余裕があるということ。心にも身体にも余裕ができれば、未来はとても明るいものになるはずです。
