第2の人生が始まった私
伊井講師
丁治紅先生との出逢いは私の第2の人生の始まりでした。私が丁先生にお目に掛かった頃の17年前は日本では「氣功」と聞くと、お天気の「気候」としか頭に浮かばない頃です。それに氣の力で病気が治るなんて本当に半信半疑でした。
その様に氣に関して何の知識も無い私でしたが、或る方の紹介で丁先生にお会いしました。その時、私の体がファッと温かくなったのです。とりわけ寒がりやの私の体が急に汗ばむような感じになるのです。”何だろう”と思って氣が付くと先生がそばにおられる時なのです。”この先生は不思議なお方だなぁ”と思い、他の人と同様、氣功療法を受けることにしました。すると、自動車事故によるむち打ち症を三回も受け、頭痛から右手の不自由さで字も書けなくて悩んでいたのが、ウソの様に楽になり、氣が付いたら、字もすらすらと書ける普通の手にもどっていました。
それから半年後の夜、吐血と下血におそわれ大量の出血の為、病院に行くと”今晩が危ない”と言われ即入院、瀕死の状態ですので丁先生に”助けてください”と無理に病院へ出張施術をお願いしました。丁先生は快くお引き受け下さいまして、病院へ来てくださいました。先生は病室の私のベッドの足元でただ瞑想しておられるだけでしたが、病室内の空気が一変して、静寂で、すがすがしく、そして非常にやわらかくなり、今まで不安であった精神状態はやすらぎを得て、落ち着いてくるのです。これは全く不思議としか言いようのない感覚でした。
病状は胃潰瘍で胃に親指大の穴があるのでもう一度出血すれば、命がないのですぐ手術というのです。しかし、宇宙の強力な氣即ち生命エネルギーを先生から注入して頂けば、ムチ打ち症の首の細胞も変化して復活したのだから胃の細胞など特に再生しやすいはずだから、”丁先生のお力におまかせしよう”と決心して病院の先生に”死んでもいいから手術はしないでください”とお願いしました。そして、お薬と点滴のみ、それ以外は先生の氣功療法をして頂き、20日後の胃カメラには米粒大の痕跡があるだけとなりました。そして25日間で退院することが出来たのです。
退院後、数ヶ月は療養しておりましたが、すっかり元氣にして頂いた私に「今何が出来るだろう、何かご恩返しは出来ないものか」と思い、近所の悩んでおられる方々の救いと又先生がこの尊い太学功の普及の為に日本に来られた目的のお役に立てれば幸せではないかと思い、私の住まいの近くの田園調布に、又、先生のお住まいの近くの三鷹と吉祥寺に教室を作ったのが現在の三鷹本部と大岡山の城南支部です。
お教室では自分で練習することにより、宇宙の氣(エネルギー)を取り入れる方法、又、宇宙の極微粒子のエネルギーを人の肉体を通して、それぞれの方の状態に応じて作用させることにより細胞一つ一つを改善することが出来るという氣功療法の原理など深い深い真髄のお話に接し、私の最初からの不思議な体験・体感の一つ一つを解明させていただいております。
私にとって先生との出逢いの尊さを改めて痛感いたし、幸せな第二の人生を頂いた喜びに感謝いたしている今日です。
