太学功氣功療法研究所は、都内数箇所でレッスンを行なっている気功教室です。中国皇帝のために特別に選ばれた、他に類を見ない本格的氣功を基礎から学べます。施術を専門とする気功療法も行なっています。

講師のコラム

私の観身法~自分の心と身体を見つめる~

2008.01.13

new2.jpg大和田講師の体験談
数ヶ月前、水疱瘡になりました。水疱瘡といえば子供がかかるもので、大人になってからだと症状は重いと聞いていました。その通りで、赤い湿疹が顔中、体中にポツポツと広がり、さすがに「本当に治るのかなあ」と不安になりました。

 ただ、高熱の中でも、私には「氣功で水疱瘡を治したい。」という思いがずっとありました。これまで、いろんな病気や症状を氣功でよくなられた方の例を見たり、自分でも氣功を通じて様々な体験をしてくるうちに、氣の力で細胞から元気になり、結果、病気や症状が良くなるということが、私の中ではごく自然なことになっていたのです。ですから、すぐに丁先生に遠隔療法をお願いしました。

「高熱の時にたくさん氣を入れると、元気な細胞だけでなくウイルスにも氣が入ってしまう。高熱が続くようなら、肺炎を引き起こすといけないから、その場合は医者に行きなさい。」と先生がおっしゃったのですが、そういうこともあるのかと納得しました。遠隔でエネルギーを入れていただいたお陰で、翌朝、熱が下がった時には、ウイルスと戦ってくれた自分の身体に「よく頑張ったね」と思わず声をかけていました。その時改めて、自分の身体が持つ力を信じてみようと思いました。そして、どうゆう経過で直って行くものなのか、自分を観察してみたくなりました。やっと起き上がれる様になった時、ポツポツだらけの顔を写真に撮っておきたいと思ったのも、そんな気持ちからでした。(これは今自分で見てもびっくりします。)

もちろん鏡を見れば、真っ赤な湿疹だらけの自分の顔があるわけで、それはやはり気になりました。太学功には「玉女美香功」という素晴らしい功法があります。先生に玉女美香功をする様に、ご指導いただきました。太学功では玉女美香功と云う素晴らしい功法があり、この功法をつづけることで皮膚の細胞が早くよみがえるまた、私自身も「この場合はきっと 玉女美香功 だろう。」と感じていましたので、毎日練習をしました。そして4ヶ月が過ぎるころ、生徒さんから「そういえば、水疱瘡の跡がきれいになくなっていますね。」と声をかけていただけるまでになりました。

水疱瘡になったということは、身体の中にあった不要なものが「出てきた」ということでもあります。病気になったことが悪いことではなく、今の私にとって、心と身体の両面において、必要な過程だったのだと思える様になりました。

今回の体験が私にとっての実践観身法【~自分の心と身体を見つめる】になりました。

第2の人生が始まった私

2007.04.02

 pii.jpg  伊井講師

丁治紅先生との出逢いは私の第2の人生の始まりでした。私が丁先生にお目に掛かった頃の17年前は日本では「氣功」と聞くと、お天気の「気候」としか頭に浮かばない頃です。それに氣の力で病気が治るなんて本当に半信半疑でした。
 その様に氣に関して何の知識も無い私でしたが、或る方の紹介で丁先生にお会いしました。その時、私の体がファッと温かくなったのです。とりわけ寒がりやの私の体が急に汗ばむような感じになるのです。”何だろう”と思って氣が付くと先生がそばにおられる時なのです。”この先生は不思議なお方だなぁ”と思い、他の人と同様、氣功療法を受けることにしました。すると、自動車事故によるむち打ち症を三回も受け、頭痛から右手の不自由さで字も書けなくて悩んでいたのが、ウソの様に楽になり、氣が付いたら、字もすらすらと書ける普通の手にもどっていました。
 それから半年後の夜、吐血と下血におそわれ大量の出血の為、病院に行くと”今晩が危ない”と言われ即入院、瀕死の状態ですので丁先生に”助けてください”と無理に病院へ出張施術をお願いしました。丁先生は快くお引き受け下さいまして、病院へ来てくださいました。先生は病室の私のベッドの足元でただ瞑想しておられるだけでしたが、病室内の空気が一変して、静寂で、すがすがしく、そして非常にやわらかくなり、今まで不安であった精神状態はやすらぎを得て、落ち着いてくるのです。これは全く不思議としか言いようのない感覚でした。
 病状は胃潰瘍で胃に親指大の穴があるのでもう一度出血すれば、命がないのですぐ手術というのです。しかし、宇宙の強力な氣即ち生命エネルギーを先生から注入して頂けば、ムチ打ち症の首の細胞も変化して復活したのだから胃の細胞など特に再生しやすいはずだから、”丁先生のお力におまかせしよう”と決心して病院の先生に”死んでもいいから手術はしないでください”とお願いしました。そして、お薬と点滴のみ、それ以外は先生の氣功療法をして頂き、20日後の胃カメラには米粒大の痕跡があるだけとなりました。そして25日間で退院することが出来たのです。
 退院後、数ヶ月は療養しておりましたが、すっかり元氣にして頂いた私に「今何が出来るだろう、何かご恩返しは出来ないものか」と思い、近所の悩んでおられる方々の救いと又先生がこの尊い太学功の普及の為に日本に来られた目的のお役に立てれば幸せではないかと思い、私の住まいの近くの田園調布に、又、先生のお住まいの近くの三鷹と吉祥寺に教室を作ったのが現在の三鷹本部と大岡山の城南支部です。
 お教室では自分で練習することにより、宇宙の氣(エネルギー)を取り入れる方法、又、宇宙の極微粒子のエネルギーを人の肉体を通して、それぞれの方の状態に応じて作用させることにより細胞一つ一つを改善することが出来るという氣功療法の原理など深い深い真髄のお話に接し、私の最初からの不思議な体験・体感の一つ一つを解明させていただいております。
 私にとって先生との出逢いの尊さを改めて痛感いたし、幸せな第二の人生を頂いた喜びに感謝いたしている今日です。

16年前より、動ける自分にびっくり!!

2007.04.01

photo-nakanishi.jpg  中西講師

「氣」については以前から興味があったものの、どこに行ったら良いのか分からずにいました。そんな時、新聞のチラシを見て、近くで「氣功」が学べることを知り「行ってみようかな」という、軽い気持ちで「氣功」の門をたたきました。その頃はどちらかと言うと体力がなく、瞬発力があっても持久力がないという感じでした。やり始めた当初はさぼりがちでしたが、ある時「毎日練習しよう!」と思いそれから続けてするようになりました。氣がつけば、風邪で寝込むこともなくなり、元氣が蘇ってきていました。自分でもびっくりする程体力がつき、特にこの10年間は一度も病院にいった事がありません。
エネルギーがあると元氣な母親に!?
氣功を始めた時、小学生だった娘二人が今では大学生となり、その間もどんど病気らしい病気はせず、家族が健康でいられるのも、「母親である私が氣功をやって元氣であるからかな」と思っています。子育ての間は、とかく母親はピリピリしがちですが「氣」というエネルギーの考え方・使い方・増やし方・集め方・利用の仕方を学んで、ちょっとやそっとの事では動じなくなりました。それが良かった様で、娘達は自分の夢に向かって進んでいます。
一般的にカルチャースクールの「気功」というと‘おけいこ‘の一つと思いがちです。しかし、太学功氣功は全く違います。強い氣の場でエネルギーを充実させることにより、真の健康(元氣)が得られます。太学功氣功の方法を持ってすれば、本当に一人一人が夢を実現する事が可能になるのです。また、これから先の自分自身はエネルギー量によって決まることが解ってきます。私自身、これから先どんな自分に出会えるか楽しみなところです。

私の未来

2007.03.31

pinouee.jpg 井上講師

30代を迎えて爆発的に仕事をしていた自分がいました。何がなくても仕事が一番と思い、一日24時間仕事モードをモットーに一生頑張れると信じていた自分がいたのです。遊びも仕事も充実の毎日と思っていましたが、実はとても疲れていた。若い仲間はぜんぜん疲労感がないのに、どうして私はいつも目の下にクマができるんだろう??なんて思っていたわけです。休日は寝てばかり、月曜になってもすっきりしなくて、それでも根性だけは人一倍。そのうちどんどん疲れは溜まってしまって、半年ごとに膀胱炎になり、血尿が出て、心臓はいつも不安定になっていました。免疫力が落ちてしまっているため、常に風邪を引いたような状態の症状。会社の健康診断や人間ドックでは、判定Dというときもありました。それでも自分はまだまだイケルと思っていたのですね。流産したり、母が他界したりと大きな出来事が相次ぎ、とうとう身体が動かなくなりました。大きな円形脱毛症にもなりました。胃腸も動かない状態になりました。全てダウンのときが来たのです。そのとき、3ヵ所ほど病院へ行きましたが、納得できる説明をしてくれるところはなかったのです。自分で治そうなんて軽く考えて、ある雑誌を見ていたら、「氣功水」の広告が出ていたのです。当然、「氣」については何のことやらさっぱりわかりませんでした。しかし、ピンときたのです。水にエネルギーが入るなら、私の身体にもエネルギーが入るはずだと。そして氣功療法研究所に出かけて行きました。電話応対では、何とも理解できなかったのですが、丁冶紅先生から身体の説明を受けて初めて、私はエネルギーを使いすぎてしまった状態であることを理解できました。仕事が悪いわけでも環境が悪いわけでもなく、ただ私のエネルギーの使い方が良くなかったということがわかったことが一番うれしかった。その時から施術を受けながら、教室での練習をはじめたのです。自分で言うのも何ですが、次第に若返って元気になり、その後、仕事も順調に頑張ることができるようになりました。そしてまたまた異常事態に。40代になりプレ管理職の役職がついた頃、異常に血圧が低くなり、耳が聞こえなくなってきたり、心臓の動悸が激しくなったり、何度も倒れそうになり、自律神経のバランスがめちゃくちゃになっている状態がやってきたのです。その頃は忙しさのあまり教室にも行けず、具合が悪くて自分で練習もできない時期が続いていたのです。気持ちはだんだんと暗くなり、このまま行くと会社で使い物にならなくなるという不安が出てきました。気持ちも身体もとてもつらかった。本当につらかった。そこで大決心をして、丁先生の施術を復活していただき、教室もとにかく参加して、練習を必ずするように頑張りました。やはりもともと氣功をやっていたわけですから、エネルギーがどんどん充実して回復も早く、以前よりも元気になっていきました。
このつらい状態があったからこそ自分の人生をもう一度考えることができたと思います。元気になりたい人を応援したい。つらい人たちがたくさんいるはず。その方々のために頑張ろう!!
私は、今からできることは何だろうと考え、太学功のお手伝いをさせていただく事を決心しました。そして太学功のエネルギーの中での特別訓練を経て、氣功師となり、現在は氣功療法院三鷹の院長として皆様を力強くサポートさせていただけるまでになりました。
私の過去は何度も後ろ向きになりましたが、50代目前の今、私の未来は確実に前を向いています。太学功氣功、丁冶紅先生に心から感謝しております。
太学功氣功でエネルギーを充実させ、どうぞ本当の健康を手に入れてください。エネルギーがあるということは余裕があるということ。心にも身体にも余裕ができれば、未来はとても明るいものになるはずです。

ホルモンは復活するのです!

2007.03.30

poowada.jpg  大和田講師

 肩がこる・眠れない・朝起きるとドッと疲れている・テレビの音がうるさい・体が重い・夏の電車のエアコンが怖い・活字を見たくない・電車の中の携帯電話の音にキレそうになる・将来が不安でたまらない・出口のない真っ暗なトンネルの中をいつまでも走っているような感じ・・・・・・・7~8年前、中学校に勤務していた頃の私の状態です。一日が終わると、息切れがする感じ。そしてある日、ついに身体が動かなくなりました。「いつかこんな日が来る」と私の中のどこかで感じていたことでもありました。それから2年間、私は休職することになったのです。氣功に出会ったのは、その最中でした。ご紹介いただいた自由が丘教室にすぐに見学、即入会でした。
  症状をお話しした私に、講師の先生はおっしゃいました。「あなたはエネルギーを遣いすぎて、足りなくなっただけのことです。」その一言で、私は目の前がパッと開けていく感じがしました。「私がいけなかったんじゃなかったのね。」と。。。
  それまで、いろんな人に話をしました。自律神経やうつ症状の記事なども読みました。病院の医師にも定期的にお話もしてきました。リラックスできることを探し、マッサージ特集の雑誌を手当たり次第試してもみました。(マッサージは逆効果ということを後で知ることになりますが。。。)その場は少し楽になっても、私の根本にある”不安”を解決してくれる手がかりとなるものは、見つからなかったのです。そして、「私のどこがいけないんだろう?」と無意識に自分を責めていたのです。「エネルギーが足りないだけ」と言われて、「私が悪かったんじゃないんだわ。」と自分を認めることができました。まさに「氣」が楽になり、身体がスーッと軽くなりました。
  氣功教室では、足りなくなったエネルギーを身体に取り入れることができるとお聞きし、どういうことかよくわからないまでも、エネルギー(氣)ってどういうものなんだろう?と興味がわきました。教室に来て眠っていてもいいですよと言われ、ますます好奇心がわいたのです。
  教室ではいつも眠くて、眼を開けてお話を聞いていられませんでした。でもお話はどれもこれも、私にとって納得のいくものばかりでした。特に、「どんなに楽しいことでも、楽し過ぎるのはエネルギーを消耗している。」
「二者択一の場面で、どちらを選んでも必ずどちらにも陰と陽がある。どちらを選んでも同じ。」
というお話は、目からウロコが落ちる思いでした。そして、健康のためにと思って始めた氣功ですが、気がつくと私は「氣」そのものの世界のとりこになっていました。もっと知りたい!もっとお話が聞きたい!「知識欲」はやはり人間の三大欲の一つなのですね。 
  中級に進むと同時に、私は仕事にも復帰しました。その時の私にとって、教室は自分を確認する場所でした。一週間に一度、教室で、その週にあったことを「氣功的」に振り返る時間だったのです。「私には自分を確認できる場所がある!!」というのは、復帰する際にとても大きなものでした。
  その後、丁先生の氣功療法で「氣功ダイエット」をしました。初めの2週間は、食事は3食とも、ご飯と梅干しだけで、週2回療法を受けました。集中的に氣を入れることで、血液の流れをきれいにしましょうということでした。3週間目から、ご飯だけの食事から野菜、魚、そして普通の食事へと、少しずつもとにもどしていきました。療法も、週2回から週1回になり、約3ヶ月かけて身体を整えていただきました。数字的には、最初の2週間で5キロ減量しましたが、それが私にとってのバランスの良い状態だということも知りました。
  後で知ったことですが、自律神経系やうつなどの原因は、「ホルモン」だということ。そういえば、以前通院していた病院の医師に、ホルモンに働きかける薬を勧められたことを思い出しました。(感覚的に私は受け入れることができず、お断りしましたが。。。)それまで、「氣功でホルモンが復活する」とお聞きしても、よくわかりませんでした。でも実際身体が楽になってみると、「元気になるっていうのは、こういうことだったのね。」と思いました。楽になったのは、身体だけではありませんでした。気がつくと、「不安」がなくなっていたのです。というより、これから先、いろんなことがあるでしょうが、良いも悪いも含めて、「楽しみだ」と思えるようになっていました。「氣功ダイエット」は、ホルモンを整えるだけでなく、復活させてもくれたのでした。氣功で、ホルモンは復活するのです!!
  そして、そんなタイミングで、主人とも出会いました。「氣功結婚」だと私は思っています。結婚と同時に仕事を辞め、自然の流れで今、教室を担当させていただいています。氣功を私に紹介してくださった I さんは、当時の私と比べて、「まるで別人ね。」とおっしゃいます。「人生に無駄な時間はない。あの辛い時があってこそ、現在の道が開けたのですね。」とも。たくさんの方々に支えていただきながら、私の「氣功的人生」はまだまだ始まったばかりです

氣功に出会ったことで得たもの

2007.03.20

pkomi.jpg  小見山講師
私が氣功に出会ったのは10年と半年前、あの時は何も知らずにただ「氣」という言葉に引かれて、何氣に街で見つけた文化センターのようなところにあった太学功の「チラシ」でした。ともに「氣」とある合氣道なども氣になって眺めていました。今思えば、あの時から既に丁先生のエネルギーの方に引っ張られていたように思います。その時は結婚のための引っ越し後、初めて近くの街を散歩した時でした。10年後、ここでそこの講師となれるとは、その時は思ってもみませんでした。
事際、氣功を始めたのは、その2年後でした。なにやら透明度の高い、外よりもずっと暖かい感じの部屋に入り、身重の身体で体験したのは、中級コースの教室でした。氣のよくわかる先生が、特別にOKしてくださり、そんなに難しくなさそうな不思議な動きの動功を2つと、座っているだけの静功を見学しました。生徒さんは皆、軽やかでさわやかな雰囲氣で帰って行かれました。その後、自分の事の話を聞いて頂いたり、「氣功」についてのお話を聞いていると、なにやら自分の身体が次第に重だるくなってきたのを感じ、焦ってきました。顔に出て来そうなのを限界まで我慢しつつ、その日は帰りました。その頃は、丁度妊娠3ヶ月で悪阻も辛く、憂鬱な日々でした。それに加えてなにやら下半身が特に重だるい感じです。じりじりとする感じもありました。後でわかりましたが、これは私特有の悪い部分であったようです。こんなことは今までなかった。と思うほど明確に身体の鈍さを感じました。とりあえず心配ではありましたが、氣にしないようにして休みました。驚いたのは、翌日でした。主人を普通に見送った後、大体、朝の8時半頃から夜の9時頃まで、なんと私はず~っ!と掃除をし続けていました。しかも鍋がピッカピカになるまでです!!当然昨日の身体の重みはありません。妙に軽快に動き回れます。時間を見て「誰か止めて~~っ!!」と心の中で叫びながら、自分の動きに自分で驚いてしまいした。(こんなに働けるなんて嘘みたい!)と心で思っていました。もともと身体が重いのと、悪阻のせいで汚れのたまっていた家は見事にピカピカになっていきました。主人が帰ってきて、やっと止めてもらいました。どうやら私が潜在的に叶えたかったのは家の掃除だったらしいです。身体が思うように行かず氣になっていても見逃していたものでした。やる氣になれなかったことが、しっかりと出来てしまったのです!これはすごい!驚くべきことです!その日から、悪阻もスパッと楽になり、心から喜んで教室に通うことになりました。あの驚き、「出来なかったことが出来るようになる。」「やる氣になれる。」「しかも思い通りに身体が動ける。」こんな体験は生まれて初めてであったし、こんな所は絶対に他にないと思いました。弱かった自分の身体が楽になるのが嬉しくてひたすら通っていましたが、来る度に氣功の素晴らしさ・奥深さを次第に知ることになりました。お陰で心や体が様々な形でどんどんと楽になって行きました。
  これからは、様々な立場の方に「氣」というものをお伝えしながら、氣功をずっと続けてゆくつもりです。
この教室は、ただの体操やストレッチの教室とはまるで違います。心身に作用してくる驚きの力「氣」のパワーを身体に得ながら、その中国歴代皇帝の健康と運氣を守るために伝えられてきた「高いレベルの氣を得る方法」を学び、幸せになることができる教室だからです。他には類を見ない、世界でたった一つだけの氣功教室です。そして世界でたった一人だけの貴方自身を輝かせる方法です。この氣功を日本で広めてくださった丁治紅先生に心より感謝しています。そして、多くの人がこの氣功を知って元氣になっていって欲しいと心より願っています。どうぞ皆様、私が体験した「ビックリ!」を、まずは体験しに来てください。